【Daily Choppy !】第1033回:リアルとファンタジー

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こんにちは。独自解釈は嫌いではない、チョッピーです。

リアルとファンタジー
リアルとファンタジー

あばたもえくぼ

「恋愛とは、お互いの美しい勘違いである。」

大学時代に受けたメディア関係の講義の途中に、講師が言っていた言葉だ。

チョッピー
チョッピー

突然、チョッピーのキャラに合わない発言から始めるから何かと思ったけど、大学の講師が言っていたのなら、何か含蓄のある言葉なんだろうね。

そうなんだろうね。

恋愛には勘違いというか…妄想というか…思い込みと言うか…そんなものが必要なんだろう。

実際、恋人の顔を見る場合には『社会性を司っている部分(前頭連合野)の活動が低下した』りドーパミンが放出されたりするらしい。(引用元:「恋は盲目」は、脳科学で説明できる|脳内麻薬|中野信子|幻冬舎plus

これら諸々の脳内活動により「美しい勘違い」が起こるのではないだろうか。

講師の方がこんな味も素っ気もない分析的な意味合いで、冒頭の言葉を言われていたのかは僕にはわからないけれど。

超算数

講義と言えば…小学校の算数を評するネットスラングに「超算数」というモノがあるらしい。

「なんで減点!?」小学校テストで頻発する親も答えられない謎の解答ルール(太田 奈緒子)
SNSでもときおり話題になる、小学校の国語や算数の「謎ルール」。持ち帰ったテストをみながら、子どもに「これなんでバツなの?」と聞かれても、親がうまく答えられない場面も少なくない。確かに、答えは正解なはずなのに、バツや減点になっていることがある。自身も子育て中に、そんな経験を何度かしたというライターの太田奈緒子さんが、親...

上に貼り付けた講談社が運営するサイト「FRaU」の記事によると「超算数」とは『小学校ならではの算数の謎ルール』の事を指す言葉らしい。

同記事には、その具体的な例として「かけ算の順序問題」が挙げられている。

たとえば次のようなモノだ。

一月あたり80万円で1社と契約させられるIT技術者がいます。このIT技術者が3社と同時に契約させられた時、この技術者を雇っている会社が一月に得られる売上は何万円でしょうか?
チョッピー
チョッピー

そのIT技術者、死んじゃうぞ

この問題の回答は次のようになる。

式 :80(万円) × 3(社) = 240(万円)
答え:240万円

これを次のように答えてしまうと、間違いだ。

式 :3(社) × 80(万円) = 240(万円)
答え:240万円
チョッピー
チョッピー

い、一体、何が間違っていると言うんだ…。

式が違う。

「1社あたり80万円の契約が3社分でいくら?」と問われているのだから、式は「80(万円) × 3(社) = 240(万円)」となる。

チョッピー
チョッピー

か、かけ算の順番は入れ替えたところで答えは一緒だろう! 交換法則を知らないのか!

それは「単位の存在しない数」を扱う場合の話なのではないだろうか?

交換法則は(少なくとも算数においては)「単位の存在する数」では誤りとされる考え方なのだと思う。

ここで問われているのは「80 × 3 の解は?」ではなくて、あくまでも「1社あたり80万円の契約が3社分でいくら?」なのだろう。

だから「かける数とかけられる数」が重要となる。

チョッピー
チョッピー

なんという…! こ、これが「超算数」…!

そうらしい。

なお、この件についてもっと詳しく知りたい方は東洋経済ONLINEに手頃な記事があったので

「掛け算の順序問題」はやっぱり決着がつかない | 東洋経済education×ICT
「掛け算の順序問題」をご存じだろうか。掛け算の文章題で、「答えが合っていても式の順序が間違っているとバツになる」採点方針の是非をめぐる論争のことだ。不思議なことに、論争が勃発してから50年以上が経過しているにもかかわらず、決着がついていない。そもそも何が問題なのか、文部科学省はどのように考えているのか、そして現場の教員...

こちらなどを参照されるか、あるいは学習指導要領などを読み込んだり、文科省に問い合わせてみたりして頂きたい。

いーや、わかるね!

小学校のテストに対する文句としては国語に関してもメジャーなモノがある。

怒りマン
怒りマン

「この登場人物の心情を答えよ」なんて言われても、コイツが何を考えているかなんか…そんなの、わかるわけないだろうが!

というモノだ。

僕はこの文句に関しては明確に異を唱えたい。

少なくとも小学校の国語のテストとして出題される文章においては、その登場人物の心情はわかるハズなのだ。

何故ならば、問題文中に必ずそれは直接的に書かれているからだ。

なので「書かれているモノを正しく読み、書かれていないモノを読まない能力」さえあれば、このタイプの問題には答えられるハズ。

チョッピー
チョッピー

もし「想像で回答させるタイプの問題」が出題されていたとしたら、それは悪問であり、問題の方が間違っているのだと思います。

読み書き能力

この「書かれているモノを正しく読み、書かれていないモノを読まない能力」は、現代においてはとみに重要なモノになっている気がする。

プライベート・ビジネスの区別なく「文章によるコミュニケーション」の量・頻度が一昔前と比べて爆発的に増えているように思えるからだ。

たとえばメールや LINE、SlackやMicrosoft Teams、あるいは Twitter や Facebook などの各種SNS。

これらのツールを一度も利用した事がない人は、かなり少ないのではないだろうか。

僕はそれらの多くをヘビーユーズしている。

これらのツールを使ってコミュニケーションするためには、とにかく「書かれているモノを正しく読み、書かれていないモノを読まない能力」が重要だ。

これらを使う場合に、不要な想像力や妄想力を働かせてしまうと、色々と面倒な事になってしまう。

実態とかけ離れたファンタジーを楽しむのは、恋愛の場などに留めておいた方が良いのかもしれない。

チョッピー
チョッピー

もちろん「悪問=読者の想像力に頼る文章」を書くのも、コミュニケーションを円滑にしたいのであれば、避けた方が良いのではないかと個人的には思います。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

「コンテンツの解釈は受け手次第」というテクスト論と呼ばれる考え方もありますが、その読み方はあくまでもエンタメ作品を楽しむ場合だけに留めておいた方が、不要なハレーションが起こりにくくなって良いのではないかな…とも思います。

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