【Daily Choppy !】第338回:支配と従属について

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こんにちは。チョッピーです。

今回の記事について

今回はチョッピーの考えるあまり良くない関係について、親子関係を題材にして少し強めに述べる回です。

支配と従属について
支配と従属について

個人的に今しか書けない可能性のある話

僕、結婚してるんですけど子供はいません。なので子供のいる家庭の事は正直よくわかりません。ただ、ニュースやお悩み相談などで親子関係の悲劇や問題を目にするたびに思う事があります。

本題に入る前に少し注意事項です。ここから先の意見はひたすらドライなモノが続きます。たぶん実際に子供がいる方からすれば「子供がいないからそういう意見になるんだよ」とか「わかってない」とか言われてしまうタイプの意見だと思います。

ただ、そういう環境の人間にしか語れない意見もあるとは思いますので書いてしまいます。誰かの何かの参考になるかもしれませんし。将来、仮に僕に子供が出来た時には書けなくなっている意見になるかもしれませんので。「今しか書けない可能性のある文章」は今のうちに書いてしまいましょう。

親子と言えども他人

さて、本題ですが、なにかしらの問題を抱えている親子って親の側に「親子と言えども結局は他人」という基本的な前提が抜け落ちてしまっている人が多いのではないのかな…と感じています。

他人という表現はあまりに冷たい表現かもしれませんね。少しマイルドに表現すると「一人の独立した人間」となります。

あくまでニュースやお悩み相談などの情報がソースでしかないのですが、そういう場に出てくる親の定番の言葉に「子供のためを思って○○をしてあげた or やらせた」というモノがあります。

これ、ハッキリ言って完全におせっかいであって子供の意思を無視した横暴な行為だと思うんですよね。それって本当に子供のためになる行為なのでしょうか?

個人の意思と社会性

「子供のためを思って○○を提案した」なら別にいいと思うんです。その場合「○○をするかしないか」の決定権は子供の側にあるので。

もちろん人間として最低限、守っておかなければいけないルールに関しては子供の意向に関係なく強制的に実施させるべきだとは思います。例えば排泄はトイレでするとか、食事を周りにまき散らさない、とか。

これらに関しては個人の意思と関係なく人間が社会生活を送る上で最低限、守らなくてはいけないモノです。そこに「子供だから仕方ない」は通用しません。

一方、社会的に守ったり、積極的に実施する必要のないモノに関しては最大限、本人の意思を尊重すべきだと思います。たとえば食事の好き嫌いや習い事など。

食事の好き嫌いって、何故か矯正したがる人が多い印象です。学校教育とかでも「好き嫌いなく何でも食べる」ことが推奨されがちだと思います。理解が出来ません。

個人的には食事なんて「美味しく、楽しく、栄養を過不足なく摂取できる」が満たせられれば、いつ、何を食べても困ることなんて無いと思っています。

仮にキュウリが食べられない子供がいたとして、親がその子に強制的にキュウリを食べさせたとします。そうすると、誰の何が解決するのでしょうか?

その行為に「好き嫌いは無くすべき、と考えている人が満足する」以外の効用があるとは僕には思えません。(ちなみに僕は別にキュウリは嫌いではありません)

習い後に関しても同様です。本人がやりたいと感じていないモノを強制的に習わせたとして、それは何か本人のメリットになるのでしょうか。

技能が身につく? そうかもしれませんが、それで身についた技能が発揮される事は無いでしょう。本人はそれをするのが嫌いなのですから。結局のところ意味がありません。

他人に強制できない事を子供に強制するのは甘え

これらの問題は全て「子供に対してだから良いだろう」という「親の甘え」が根本にあるのではないかと感じています。要は子供を「一人の独立した人間」と認めていないのではないでしょうか。

「そんなことは無い」と感じられる方は「自分が全くの他人に対しても同じ様なふるまいをするか」を考えてみてください。

子供以外の人にキュウリを強制的に食べさせますか? 技能習得のために強制的に何かを習わせますか? しないと思います。する人がいたら、それは犯罪なので自首してください。

「他人に対して行うと問題が起こること」は子供に対しても同様に問題を引き起こすのではないでしょうか。問題は表面化しないかもしれませんが、それは子供にとって親が絶対的な強者であるためです。子供にとって親が強者でなくなった時、その問題は表面化してくるのではないでしょうか。

今回の締め

今回は僕が考えるあまり良くない関係について思う事を、親子関係を題材にして少し強めに述べてみました。

題材として親子関係を取り上げましたが、これ、実は親子関係に限らないと思っています。上司と部下の関係や恋人同士の関係に関しても同じではないかと思っています。

とにかく複数の人間が存在する場において相手の意思を尊重せず、自分の意思を強制するのは良くない事です。それは支配と従属の関係であり、主人と奴隷の関係です。そこには自由がありません。その関係性から「HAPPY!!」が生まれる事は無いと僕は考えています。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

今回、僕が批判した関係性は「ティール組織」という本で説明されてるところの「RED」に該当するモノではないかな、と思っています。

興味のある方はお読みください。

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