【Daily Choppy !】第387回:思想を階層化して矛盾を取り除こう!

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こんにちは。チョッピーです。

今回の記事について

取り除け、矛盾!
取り除け、矛盾!

今回はチョッピーの考える「矛盾する思想を内包するためのひとつの考え方」についてのお話です。

主義や思想って色々ある

主義や思想って色々ありますよね。たとえばweblio辞書で「主義の一覧」を参照してみましょう。その数に圧倒されます。

主義の一覧 - その他の主義・方式 - 主義・方式 - 方式・規則 - 固有名詞の種類
主義の一覧。例えば,反グローバリズム,心理主義,超人間主義,加点主義などがあります。

数えてみたのですが2020年8月4日現在で総数は467個でした。膨大な数ですね。

主義や思想って人間の考え方そのものなので、厳密に言えば一人一人微妙に異なると思います。ちなみに国連によれば2019年の世界人口は77億人を超えています。

https://www.unic.or.jp/news_press/features_backgrounders/33798/

そう考えると主義・思想も本当は77億通りくらい存在しているのかもしれません。それを集約してカテゴライズすると467個くらいになるのでしょう。それでも足りない気もしますね。

チョッピー
チョッピー

「主義の一覧」を読み込むだけで永遠に暇つぶしできそうだね

人権思想と資本主義

さて、多種多様な主義・思想がある事がわかりました。その中でもメジャーなモノとそうでもないモノがあると思います。現代日本において主義・思想の2大巨頭として君臨しているのは「人権思想」と「新自由主義」ではないでしょうか。

人権思想

辞書的な意味を引用します。

人が生れながらにして,単に人間であるということに基づいて享有する普遍的権利をいう。人権思想は自然法思想に発し,まず,(1) 自由権的基本権 (思想,良心,学問,表現の自由など) を確立し,(2) 政治的基本権 (選挙権,請願権など) を保障し,拡充し,次いで (3) 社会経済的基本権 (生存権的勤労権,団結権など) という考え方が生じた。今日この3種の基本権は各国の基本法 (憲法) にほとんど取入れられるにいたっている。

基本的人権(きほんてきじんけん)とは|コトバンク

「3種の基本権は各国の基本法(憲法)にほとんど取入られるにいたっている」とあります。もちろん日本国憲法にも人権思想は取り入れられています。具体的には「第三章 国民の権利及び義務」に記述があります。

〔基本的人権〕

第十一条 国民は、すべての基本的人権の享有を妨げられない。この憲法が国民に保障する基本的人権は、侵すことのできない永久の権利として、現在及び将来の国民に与へられる。

日本国憲法|衆議院

つまり日本においては人権思想は明文化される形で表されており、それは(少なくとも法規上は)「侵すことのできない永久の権利」として極めて強固に保障されているわけです。

新自由主義

こちらも辞書的な意味を引用します。

政府の財政政策による経済への介入を批判し,市場の自由競争によって経済の効率化と発展を実現しようとする思想。ネオリベラリズムともいう。経済理論としては,ケインズ学派の有効需要政策を批判し,政府は市場経済への介入を抑制すべきとするF.ハイエクやM.フリードマンの理論に基づく。政策としては,国営企業・公共部門の民営化,規制緩和による経済の自由化,減税と緊縮財政による「小さな政府」などを特徴とする。1970年代後半からラテンアメリカ諸国,イギリスのサッチャー,アメリカのレーガン,日本の中曾根康弘の各政権が新自由主義政策を採用した。社会思想としては,〈新保守主義〉と呼ばれるように,市民の自由や権利の保護より資本の自由な活動を優位に置く点を特徴とする。交通・通信から教育・医療・福祉にいたる公共部門の民営化や,市場の公平性確保のための規制の緩和は,市場での優勝劣敗によって,社会保障の低下,雇用の不安定化,生活の格差拡大などの問題を生んでいる。さらに国家の規制から自由になった資本は,グローバリゼーションによって国際的な分業体制を再編し,こうした問題が世界規模であらわれるようになっている。しかし,新自由主義は,つねに改革を訴え,個人や企業に対しても市場での絶えざる競争と自己革新を求めるため,こうした社会的格差は,市場での競争の結果として当事者の自己責任とされる。さらに格差拡大による福祉・教育・犯罪などへの社会不安さえも,新たな市場として新自由主義経済へ組み込もうとするために,新自由主義への根本的な批判が困難になっている。

新自由主義(しんじゆうしゅぎ)とは|コトバンク

僕は新自由主義とは「全てのモノは商品化される」「弱肉強食の競争社会が全体の便益を最大化させる」という資本主義の2大原則を徹底的に突き詰めた思想なのではないかと理解しています。

上記の引用文中にも「個人や企業に対しても市場での絶えざる競争と自己革新を求めるため,こうした社会的格差は,市場での競争の結果として当事者の自己責任とされる」とあります。

人権思想と新自由主義は矛盾する(と思う)

僕は人権思想と新自由主義には矛盾する部分があると捉えています。

人権思想においては人間の基本的人権は「侵すことのできない永久の権利」として保障されます。そこに競争原理や自己責任原則はあり得ません。

一方、新自由主義においては人間は自らが持つ知識・技能・資本を活用して自己にとっての便益を最大化すべく動く必要があると考えられます。その行動の結果は全て自己責任です。多くを得られた人間は自らの工夫と努力によってそれを得たのであり、それを得られなかった人間は自らの工夫と努力が足りなかったとみなされます。

チョッピー
チョッピー

人権思想は社会的弱者にやさしく、新自由主義社会は経済的強者にやさしい考え方なのかもしれないね。

ここで社会的弱者や経済的強者という具体的な対象に対する態度に人権思想と新自由主義の矛盾が顕在化します。

思想・主義\対象社会的弱者経済的強者
人権思想人権保障に基づき救うべき人権保障を行うために経済的な負担をすべき
新自由主義自己責任原則に基づき自助努力すべき自己責任原則に基づき経済的利益を享受すべき

現代日本に生きる人々は、この矛盾する主義・思想に常にさらされながら生きていく必要があります。

チョッピー
チョッピー

僕達は何を信じ、何を選択すべきなのか…矛盾の中で生きるのは大変だ…

矛盾を回避するためのひとつの考え方

人権思想・新自由主義社会の矛盾に限らず、あらゆる矛盾は人に不快感をもたらすと思います。判断に迷いが生じるためです。

たとえば矛盾のあるシステムは正常に動作せず異常終了してしまいます。想像ですが、人間も矛盾する状況下における決断を下すとき、その脳内には過負荷が生じているのではないでしょうか。

矛盾をなくすために「片方の論理を完全否定する」という方法もあります。ただ、この方法は否定された側の主義・思想に好意的感情を抱いている人の否定にもつながってしまう可能性があります。そうすると様々な軋轢が生じてしまうかもしれません。そんなわけで、この方法は個人的にはあまり良い策ではないように思っています。

チョッピー
チョッピー

ならばどうする?

ひとつのアイデアがあります。思想を階層化してみてはいかがでしょうか?

チョッピー
チョッピー

???

日本は憲法を最高法規とする国です。その憲法に人権が規定されています。つまり基本的には人権思想が根底にある事をルールとして社会は動いているハズです。

一方、新自由主義社会は競争を是とする弱肉強食の社会を目指しています。自己責任の原則に基づき全ての結果は正であれ負であれ本人が受け止める必要があります。

これを「人権思想の上で新自由主義が動いている」と捉えてみてはいかがでしょうか。例えるならコンピューターのOSが人権思想で、その上で動くアプリケーションが新自由主義であるように。

チョッピー
チョッピー

どういうこと?

つまり人権思想を新自由主義社会を成り立たせるための最低限の機能を提供するシステムだと捉えるのです。その個別機能が憲法で保障されている基本的人権です。基本的な機能を提供してくれるシステムが存在するからこそ、各種アプリケーションは円滑に動く事が出来ます。

チョッピー
チョッピー

ふむ?

ここで「どこまでの範囲を基本的な機能だと捉えるか」が諸々の議論の論点となります。マズローの欲求段階説に当てはめるとわかりやすいかもしれません。

思想の階層化のイメージ
思想の階層化のイメージ

これはあくまでもイメージですが「人権思想を当てはめると社会にとって役に立つ部分」と「新自由主義を当てはめると社会にとって役に立つ部分」があると考えると矛盾が生じずに良いのではないかと思います。

また、「社会的な利益が最大化するためには、どこまでを人権思想で保障し、どこからを新自由主義による自己責任原則を適用するとよいのか」かを論点として議論すると社会の発展に繋がってよいのではないかと考える次第です。

僕は主義や思想は人間が日々を生きやすくするためのツールだと考えています。ツールであるならば、ケースバイケースで適応する主義・思想を取り換えていくべきでしょう。

ひとつの問題に対して異なるツールを使って解決を図るべきではありませんし、ひとつのツールを全ての問題の解決に用いるべきではないと考えます。

チョッピー
チョッピー

チョッピー自身の思想はたぶん相対主義とかに分類される考え方だと思うよ、おそらく。「絶対的に正しい価値などこの世には存在しない」と考えているから「主義・思想はツールに過ぎない」みたいな発想になるんだと思う。

本日の締め

今回は僕の考える「矛盾する思想を内包するためのひとつの考え方」についてのお話を書いてみました。

今回、ご紹介した考え方が絶対に正しいとは思っていませんし、誰にでも適応できる考え方でもないと思います。この文章を読んで頂いた方のなにかしらのヒントになれば幸いです。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

なぜ毎日更新のエッセイコンテンツでこんなに重いテーマを取り上げているのかは謎です。

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