【Daily Choppy !】第662回:グシャグシャの首

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こんにちは。痛みに弱い、チョッピーです。

グシャグシャの首
グシャグシャの首

不調、感じていますか?

本記事をお読み頂いている皆様は、自分は健康だ! と自信を持って言えるだろうか?

もしかしたら、なにかしら体の不調を抱えているのではないだろうか? たとえば持病があったり、ケガをしていたり…とか。

本連載『Daily Choppy !』をご愛読して頂いている皆様…いわゆるチョッピストの方々に、どの様な年齢層の方が多いのかは僕にはわからない。わからないのだが…10代以下みたいな年齢の方はなんとなく少ない気がする。30代以上が多いのではないだろうか。なんとなくだけど。

30代以上ともなると、なにかしらの体の不調を抱えていてもおかしくはない。…のではないかな、たぶん。

かくいう僕も健康に自信があるタイプではない。今のところ年齢に起因する不調は見つかっていないけれど、高校生の時に喘息を発症したし、昔からアレルギー体質だし、一時期は腰痛にも悩まされていたし、肌も弱いし胃腸も弱いし…まぁ、数え上げれば色々と思い当たる。

で、先日も新たな不調を得てしまった。

チョッピー
チョッピー

「新たな不調を得る」って「マイナスを加算」みたいな表現ですね。

…新たな部位に不調をきたしてしまった。首だ。

首が痛い

ものすごく久しぶりに寝違えたのだが、いや、ホントに痛い。

首を動かすと激痛が走るので動かせない。特に左側と下側には動かせない。右側と上にしか動かせない。困った。

困ったので妻に湿布を貼ってもらったのだが、僕は上にも書いた通り肌が弱い。湿布を貼ってすぐに肌が焼けるようなヒリヒリとした痛みに苛まれてしまった。耐えられなかったので湿布はすぐに剥がした。

チョッピー
チョッピー

せっかく貼ってもらったのにね

ホントに。妻からも

チョッピーの妻
チョッピーの妻

うーん、じゃあ、もう耐えるしかないね

と言われてしまった。僕の肌が弱いばかりに…。

首が痛い事をキッカケに自分の肌の弱さまで思い出してしまい、自尊心が傷ついてしまった。首の痛みは全てを悪くする。

寝たら回復!

仕方ないので自分の回復力を信じて安静にすることにした。

で、今日は首を痛めてから2日目。実は今の僕の首の痛みは、昨日のそれと比べるとかなり軽減している。左側と下にも少し動かせる。まだ完全に自由には動かせないが、昨日よりも可動範囲は大幅に増えている。

昨日、寝る前には「寝違えた首の痛みを寝る事で治せるのか…? さらに寝違えてもっと首を痛めてしまうのでは…」と怯えていたのだが、全て杞憂だった。

やはり睡眠は全てを解決する。筋肉と同じくらい人生に有益だ。首の痛みが減ったので気分も良い。自尊心も回復した。最高!

チョッピー
チョッピー

単純すぎる

事実、僕は単純なので仕方がない。ただ、単純がゆえに気分が良くなると過去の苦しみも肯定的に捉えたくなってくる。

昨日は首が痛くて全てが嫌だったので何も考えていなかったのだけれど、「首が痛くて不自由」という経験にも、もしかしたら学びがあったのではないか。実際、「睡眠は全てを解決する」という学びもあったわけだし。

チョッピーは愚者

で、昨日の事を少し思い返してみたのだが、やはり学びはあった。

昨日の僕の具体的な不調としては「首が痛くて左側と下に動かせない」だけだった。それだけなのに、体全体の動きをモノスゴく制約されたのだ。

どういう事か。少しイメージして頂きたいのだが、首が動かせない状態で左側を向きたい場合、あなたならどうするだろうか。

おそらく「腰を左側にひねる」か「体全体を左側に向ける」のどちらかを選ぶのではないだろうか。

これ、実際にやって頂くとわかるのだが、首を傷めた状態で「腰を左側にひねる」か「体全体を左側に向ける」とかなり緩慢な動きになるのだ。

チョッピー
チョッピー

えー、そう? 簡単に出来るよ?

確かに体に不調がなければ問題のない動きかもしれない。実際、僕も普段は『リングフィットアドベンチャー』というゲームで「バンザイツイスト」というフィットネスを楽しんでいる。

上の動画は9秒しかないので是非、観て頂きたいのだが、確かに何の不調もなければ多くの人は「バンザイツイスト」みたいな動きだって出来る。僕だって出来る。

ただ、あなたは今、「首が痛くて動かせない」という制約を課せられているのを忘れないで欲しい。少しでも首が揺れると痛いのだ。そうなると途端に動きの難易度は上がる。

体は全体が繋がっている。一部の不調により全体のバランスが変わってしまう。これは体に限らず全てのシステム(コンピュータシステムに限らない)にも言える事なのかもしれない。

さらに、こちらの方がもっと重要な学びかもしれないが、僕は「自分がその状態になるまで、その人の不便に気付かなかった」のだ。

自分が経験しないと、想像すら出来ない。これは首の痛み以外の色々なモノにも適応できそうだ。

「愚者は経験に学び、賢者は歴史に学ぶ」という言葉があるが(オットー・ビスマルクという方の言葉らしい)自分の経験から考えると僕は愚者だと言えるようだ。

これをハッキリと意識できたのは、良かったことだったような気がする。

本日の締め

今回は僕の「首の痛みをキッカケに気付いた自分の愚かさ」についてのお話を書いてみました。

ここまで読んで頂いた方はお分かりかと思いますが、今回の記事のタイトルの「グシャグシャ」は「愚者」にかけています。最初は「愚か者は首を傷める」というタイトルでした。

最初のタイトルの方が引きは強いと思うんですけどね。でも、このタイトルだと論理的に考えて「全ての愚か者は首を傷める」という主張になってしまうし、曲解すると「首を傷めたものは愚か者だ」となってしまう気がしたのでタイトルを変えました。

なんとなくプロデューサー的視点だと「そんな厳密な意味よりも引きの強さを優先しろよ」という気もするんですけど…個人的にその態度には誠実さを感じなくて。このスタンスはマーケティング的には良くない気がするんですけどね。不誠実な読み物は僕自身が嫌いなので仕方ない。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

今回の「本日の締め」、全然、締めになってなくない?

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