【Daily Choppy !】第505回:役に立たない本、読んでますか?

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こんにちは。『資本論』を読破するのが夢、チョッピーです。

今回の記事について

役に立たない本、読んでますか?
役に立たない本、読んでますか?

今回はチョッピーの考える「役に立たない本を読む意義」についてのお話です。

昔はそうだった

いきなりヨルシカの『だから僕は音楽を辞めた』の一節みたいな見出しでスミマセン。

ヨルシカ – だから僕は音楽を辞めた (Music Video)

皆様は読書の習慣、ありますか? 僕は…昔はありました。

小学生の時から小説が好きで、よく読んでいました。低学年から中学年にかけては『ズッコケ3人組』のシリーズ↓とか好きでしたね。

ズッコケ三人組

高学年になってからは赤川次郎の小説を読み漁っていました。家にたくさんあったので。中学の時はそれが加速して毎日1冊~2冊は小説を読んでいましたし、高校生の時には文芸部に入って自ら小説を執筆したりもしていました。

チョッピー
チョッピー

文芸部と同時にラグビー部にも入っていました。ラグビーをしながら小説を書いていた高校生って日本で僕だけなんじゃないですかね。だから何…と言われると、別に何もないけどね!

大学生の時も週に3冊くらいは新書を読んでいた気がします。

社会人になってから実務的な本しか読んでいない

大学生の頃までは小説や新書を好んで読んでいた僕ことチョッピー。社会人になってからは読む本が一変しました。IT系の書籍とビジネス書籍ばっかり読んでいました。

文系学生だったくせにシステムエンジニアとしてSIerと呼ばれる企業に就職したからです。ハッキリ言って、もう、そこで飛び交う言葉の意味がひとつも分からなかったんですよね。

チョッピー
チョッピー

「マスター」とか「トランザクション」とか「バッチ」とか「オンライン」とか「JCL」とか「シェル」とか「COBOL」とか「Java」とか「ガベージコレクション」とか「アベンド」とか「リラン」とか「再ラン」とか「押下」とか「ネット」とか「リプレース」とか「デービー」とか「トランケート」とか「エクスポート」とか「マッチング」とか「ホスト」とか。何語やねん…くらいの感じでした。パッと思い出せる一般的なシステム用語を列挙してみましたが、たぶん、まだまだあります。他にも現場独自の方言みたいなのも沢山ありました。「連結テスト」とかね。一般的には「結合テスト」になると思うんですけど。この話題を続けても面白くないので、この辺りで止めますね。

これらの言葉の意味を理解するために初学者向けの書籍から始まり、各種試験対策の本などの知識習得系の本ばかり読んでいました。途中からビジネスや経営に関する本も読み始めました。

チョッピー
チョッピー

そのせいで社会人大学院生として経営学を勉強したりしてしまうのですが

そんな感じで社会人になってからは実務的な本ばかり読んでいます。

思考を深めるには実務から離れた名著が良い気がする

社会人になってからも実務的な本ばかりとは言え、それなりの冊数の本を読んできました。そのおかげでITやビジネスに関する知識はそれなりに身に付いた気がしています。

チョッピー
チョッピー

まぁ…その知識もすでに陳腐化していたり、そもそも忘れていたりと、現時点においてはあまり役立つモノではないのかもしれませんが…。

ただ、個人的には思考が深まったと感じる本は実務的な本ではありません。やはり昔ながらの名著と呼ばれる本です。たとえば『社会契約論』とか『自由論』とか。

これらの本は読みこなすのが楽ではありません。少なくとも僕にとっては。

チョッピー
チョッピー

社会契約論とか仕事の合間に半年くらいかけて読んだ気がする。結構、大変です。

楽ではないのですが、それに見合った対価は得られた気がします。いや、こういう風にすぐに「対価」とか言っちゃうのがビジネスに毒された人間の考え方であるのはわかっているのですが。でも、やっぱりかけた分のコストに見合うだけの見返りは欲しいじゃないですか、誰しも。

で、何が得られたかを一言でお伝えすると「教養」になると思います。

「役に立たない本」は人生を豊かにすると思う

正直なところ、教養が身に付いたところで生きるのに直結する知識やスキルには繋がりません。そういう観点から評価してしまえば、教養を見付けるのに有益な本は「役に立たない本」と言ってしまえるのかもしれません。

たとえば『社会契約論』を僕は「一般意思を実現するための政治体制について述べた本」と認識しているのですが、それを理解したところでコンピューターシステムを構築出来るようにはなりません。『自由論』を読んでスチュアート・ミルが考えるところの「自由」の形を理解したところで、豚の角煮を上手に作れるようになるわけではないのです。

チョッピー
チョッピー

政治家や作家などの職業に就かない限り『社会契約論』などで得た知識を活用してモノを作ったり、お金を稼げるようにはならないでしょう。

じゃあ、教養なんて不要なのか。僕はそうは思いません。教養が身に付くと人生に対する理解度が増すと感じます。世の中に対する解像度が上がる…みたいな表現にしても良いのかもしれません。

世の中、不思議な事がたくさんあると思います。「どうして今の社会はこうなっているのか」とか「なぜ人はこういう風に動くのか」とか。究極的には「人はなぜ生きるのか」みたいな問いもあるかもしれません。

このような疑問に対する解答、少なくとも自分なりの答えを導き出すために教養は役に立つと思います。だから、もしかするとその様な問いに対する答えを必要としない人には教養は不要かもしれません。でも、僕としてはこれらの問いになにかしらの答えを出したいんですよね。少なくとも常に考え続けたいとは思っています。

本日の締め

今回は僕の考える「役に立たない本を読む意義」についてのお話を書いてみました。

こんな事を言っている僕ですが、最近、本を読んでいるか…と言われると答えは「読んでいません」になります。情報収集のメインの手段がインターネットになってしまっているのですよね。これには良い面もあるとは思うのですが、悪い面もあります。深い教養が身に付かないですよね。

意識的に書籍を読むようにしたいと思います。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

とりあえずkindleで電子積読状態になってる本から読み始めてみようかな…。

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