【Daily Choppy !】第915回:大衆酒場でしか許されない

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こんにちは。大衆酒場が具体的にどんなお店なのかがわからない男、チョッピーです。

大衆酒場でしか許されない
大衆酒場でしか許されない

枯渇

今、ものすごく困っている。

書く事が何もないのだ。

チョッピー
チョッピー

どうすんの?

どうしよう。

実は、昨日の記事(『Daily Choppy !』第914回)を書き終えた時点で、この展開の予想は出来ていた。

というのも「自分の中になにかしらのネタがボンヤリとある場合」と「自分の中に何のネタもない場合」では明らかに感覚が違うのだ。

今回は、昨日の夜の時点で「これは…明日の記事のネタが自分の中に何も無いな…」という感覚があった。

それでも「まぁ、でも、日中に何か思いつくかもしれないし…」という一縷の望みに全てを託し、今日一日を過ごしてみた。

結果、何も思い付かなかった。

ここまで何も思い付かないのは150日ぶりくらいではないかと思う。

仕方ないので、先日、ネットの一部で話題になっていたニュース記事を読んで考えた事でも書いてみようかと思う。

局所的な盛り上がり

先日、「人生は30歳でほぼ終わっている」とする意見がネットの一部で注目を集めていた。

どうやらこの意見の元ネタは「飲み屋のおじさんに聞いた「若かりし頃の自分に教えてやりたい」人生の教訓」という記事にて取り上げられている書籍『他人が幸せに見えたら深夜の松屋で牛丼を食え』に掲載されているモノらしい。

飲み屋のおじさんに聞いた「若かりし頃の自分に教えてやりたい」人生の教訓(週刊SPA!) - Yahoo!ニュース
 巷には、成功者の体験談や名言集などで溢れている。しかし、彼ら選ばれし人々の言葉が心に響かない場合も少なくない。我々一般庶民は、今を生々しく生きている。仕事や金、家庭の問題に悩み、少しでも人より上に

こちらの意見の要点だけを以下に引用する。

将来の夢みたいなものは、30才までしか持てないんだよね。たいていのことは経験済みだから刺激も楽しさも少なくなるし、もうホント、そこから人生の折り返しが始まっちゃうんだよ。どう死ぬかを考える時間っていうかさ。

飲み屋のおじさんに聞いた「若かりし頃の自分に教えてやりたい」人生の教訓(週刊SPA!)|Yahoo!ニュース

こちらの意見に関しては「いやいや、30歳からの人生も波瀾万丈でしょう」という反論が多く集まっていた。少なくとも僕が目にした反応に関して言えば。(参考ページ

確かに僕も大勢の意見に同意する。

というのも僕自身も30歳を超えてから色々と人生が激変するレベルのライフイベントを経験しているからだ。

チョッピー
チョッピー

たとえば「大学院入学&卒業」とか「前職を退職」とか「ふらとぴ開設」とか「大阪に引っ越し」とか「株式会社Egene設立」とか…です。

30歳以降の人生は余生か否か

さて、書籍に掲載されているという「30歳で人生はほぼ終わっている」という意見は正しいのだろうか? それとも、間違っているのだろうか?

この件に関しては「この意見は正しいのか?」という問いかけ自体が間違っていると言える。

何故ならば、この意見は(上に取り上げたニュースの記述が正しいとすれば)54歳の会社員の男性が自分の人生を鑑みて語った「人生観」とでも言うべきモノだからだ。

この54歳の男性会社員にとっての30歳以降の人生は、「余生」と呼ぶのが相応しいモノだったのだろう。

一方、僕にとっては30歳以降の人生は、とても「余生」と呼べるモノではない。むしろここからが本番だと感じている。

この意見の相違は、それぞれが根拠とするモノ…つまり、それぞれの人生が異なるところから生まれている。そのため、どちらが正しいとか、どちらが間違っているとか言えるモノではない。

確実に言えるモノがあるとするならば「30歳で人生がほぼ終わっている人もいるかもしれないし、そうではない人もいるかもしれない」という玉虫色の意見だけだろう。

ネットではポジティブに

とはいえ、意見には必ず「好き嫌い」が出る。

「30歳で人生がほぼ終わっているとする意見」と「30歳からが本番だとする意見」のどちらにも「その意見が好き!」と感じる人と「その意見は嫌い!」と感じる人がいるだろう。

前述した通り、僕の観測範囲だけで言うと、少なくともネット上では「30歳で人生がほぼ終わっている」とする意見には反感を覚える人が少なくないようだ。

17年ほど前のインターネットは今よりもネガティブな空気が許される空間だった気がするのだけれど、もはやインターネットはそんな場所ではない。

チョッピー
チョッピー

もちろん、そうではない意見が大勢を占めるネットコミュニティもあるとは思います。

自分の人生観に対して反感を覚える人が多くいる空間に滞在し続けるのは、快適ではないだろう。

逆に言うと、今のインターネットを快適に楽しむためには、自らもポジティブな意見を積極的に発信していった方が良いのかもしれない。

…というわけで、僕も今後は出来るだけ「ネタが無い」などのネガティブな意見は書かないように努めたいと思う。

そんな意見を言いたくなってしまった時には、大衆酒場にでも行くとしよう。お酒が飲めない僕が、そのコミュニティに行ったところで歓迎されるのかどうかはわからないが。

本日もふらとぴにお越し頂きありがとうございます。

オピニオンには「正しい」も「間違っている」もありませんが「好まれる意見」と「嫌われる意見」は確実にあります。処世術的に考えるのであれば「好まれる意見」だけ述べ続けた方が得をする事が多いのではないかと思います。ただ、僕にはどの様な意見が好まれるのかはイマイチわからないのですが…。

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