【Daily Choppy !】第141回:セミナー「“幸せな会社”の経営者の共通点〜会社は社長自身の心の在り方ひとつで決まる〜」に参加しました

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こんにちは。チョッピーです。

今回の記事の内容について

今日は以下のセミナーに参加してきました。

今回も有料のセミナーでしたので詳細な内容を共有する事は出来ません。概要と感想だけ述べていきたいと思います。

セミナーの概要

「幸せな会社」を「多くの人の心が満たされている会社」と定義し、それを実現するためにThe Leadership circleという会社の創業者のボブ・アンダーソンという方が定義している「意識の成長のステージ」を高める必要がある…という内容の講演でした。経営者に対するコーチング的な内容の講演であったと言えそうですね。

なお、ここで言う「意識の成長のステージ」が記載されている資料を探してみたところ、以下のスライドの27ページ目にそのものズバリが引用されていましたので興味のある方は参照してみて下さい。

セミナーの感想

基本的には講演で言われていた通り、経営者の意識が高ければ、その会社は「幸せな会社」になれる可能性は高まるでしょうし、逆に経営者の意識が低ければ、その会社は「幸せな会社」になれる可能性は低くなるでしょう。そこに関しては何の異論もありません。

ただ、1点、腑に落ちない所があって…。基本的に僕は今の世界は資本主義で回っているという認識です。資本主義はその基本原則として競争原理を内包します。

個人または集団が、必要とするものを獲得するために他者と競い合い、勝者が獲得できるとする、優勝劣敗の競争を受容する考え方。誰でも平等に競争に参加できる自由競争を市場や経済活動などの基本とする考え方で、資本主義の基本原理の一つとされる。

競争原理|コトバンク

結局のところ競争原理で最強のプレイヤーって上記の「意識の成長のステージ」で言うところの「利己(エゴセントリック)」のステージにいる人物なんじゃないのか…という疑念が私にはあります。「憎まれっ子世に憚る」という諺もありますし。

例えば経営者の「意識の成長のステージ」が高次にあり、「幸せな会社」として運営を行っていた企業の前に、競合他社として「利己(エゴセントリック)」的に従業員を使い潰す代わりに強大な競争力を持つ企業が現れた場合はどうでしょうか。

その様な状況において「幸せな会社」は競争に負けてしまうのではないでしょうか。資本主義において競争の敗者は経済的に生き延びる事は出来ません。そうなると「幸せな会社」などと言っている余裕すらなくなってしまい、そもそも会社が会社として成り立たなくなる可能性すらある。

他の可能性として、例えば株式会社である場合、株主に「利己(エゴセントリック)」的な人々が集ってしまった場合はどうでしょうか。(というか本来、株主とはそういう存在であると思うのですが)非上場企業であれば株主を選定する事も可能でしょうが、上場企業はそういうわけにもいかないハズです。株式市場は自由市場であり誰でも株を買えるからです。

その場合、経営者は株主から「利益最優先で動くように」という命令を突き付けられるでしょう。その様な株主にとっての会社の価値は「高成長企業であり続けられるかどうか」以外に無いからです。(高成長であれば株価は上昇し続け、株主の資本も拡大し続けられるからです)「幸せな会社であるかどうか」は資本に影響しませんから、株主的にはまるで関心の無い話になるハズです。

この様に競争原理が支配する場において、今回の講演の内容がどこまで通用するのかはイマイチ僕には確信が持てませんでした。

「じゃあ究極的には競争原理の存在しない世界になればいいのか? 社会主義か?」という疑問も浮かびますが、その様な社会においては生産性の悪化により内部から崩壊してしまう事は歴史が証明しています。

「幸せな会社」かつ「資本主義で生き延びられる会社」とは一体、どの様なモノなのでしょうか。もしかすると以下の記事で書いたように「個人個人のテクニックに依存した生産活動」をし続けられる企業が、それに一番、近いのかもしれません。

いや、もしかすると「幸せな会社」の方がそうでない会社よりも競争力が高く、上の様な「競争を避け続ける戦略」を取るまでも無く競争に勝てるという可能性も無きにしも非ずなのですが。

本日もふらとぴに訪問頂きありがとうございます。

「幸せな会社が最強の競争力を持つ」という理論が確立されれば、この世はもっと良くなると思うのですが…。ちなみに「ふらとぴ」はそれを目指して運営を行っています。

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