【Daily Choppy !】第78回:基本的な感情が欠落している可能性についての話

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こんにちは。チョッピーです。

いきなり不穏なタイトルでスミマセン。
考え事をしている際にふと思い出した事がありまして、それに関して自分の感情があまりにも動かなくて少し面白かったので記事にする事を試みてみました。

最近の「Daily Choppy !」を眺めてみると、僕はどうも「感情」というモノに関心が湧いているようですね。興味のある方は以下の記事等も併せてご参照ください。

今回の記事も含めると3連続で「感情」に関する文章を書いている事になります。
さすがに次回の記事ではテーマを変えた方がいいかもしれませんね。

閑話休題。本題に戻ります。

さて、何を思い出したかというと…僕の通っていた小学校&中学校が両方とも廃校になる事についてです。正確には小学校はすでに廃校になっています。「別府市立西小学校」という学校だったんですけど。で、中学校は「別府市立山の手中学校」という学校だったのですが、こちらはどうやら2021年度をもって廃校の予定みたいです。なお、どちらも近隣の学校との統廃合という形のようです。

余談ですが、今回、母校の統廃合状況を調べてみて初めて知ったのですが「別府市立西小学校」は他の小学校と統合して「別府市立山の手小学校」という名前の小学校として運営を開始しており、「別府市立山の手中学校」は他の中学校と統合して「別府市立別府西中学校」という名前の中学校としての開学を予定している様です。小学校と中学校の名前が入れ替わっている…!

これ、ちょっと面白くないですか? …え、別に面白くないですか?
あ、そもそも興味がない? そうですか…。スミマセン。

閑話休題。本題に戻ります。脱線ばかりですね。

さて、学校の統廃合って、以下の通り、昨今、かなりの数が実施されているみたいです。

平成14年度から平成29年度に発生した廃校の数  7,583校

平成30年度 廃校施設等活用状況実態調査の結果について|文部科学省

で、これに関して、結構、多くの人は「さみしさ」を感じる様なのですよ。
実際に以下の文部科学省の資料にもこの様な記載があります。

小学校や中学校が次々に廃校になっていく。地域にとってこんな寂しいことはない。特にお年寄りにとってはつらいことだろう。自分が通った学校がなくなるなんて、自分の歴史が消されてしまうような気になるに違いない。

5. 廃校活用コラム|文部科学省

上記は文部科学省が平成15年に報告した「廃校リニューアル50選」という事業の調査研究として実施した「廃校施設の実態及び有効活用状況等調査研究」というものの報告書に書かれている文章なのですが、国の報告書に書かれているくらいですので一般的には「小学校や中学校が次々に廃校になっていく」ことは「寂しい」ことで間違いないのでしょう。おそらく。

ただ、僕、この感覚がまったく理解できないんですよね。
この記事の最初の方で書いた通り、僕の母校は小学校・中学校共に廃校済み&廃校予定です。
この事実に関して、僕の心はまったく動きません。何の感情も無い。
「あ、そう…へぇ…」という感想以外に本当に出てくるモノが無い。

これはあくまで一例ですが、僕、結構、こういう事あるんですよ。
言葉に表すと「多くの人が感じるであろう感情を全く感じない場合がある」という事なんですけども。特に「何かを失うこと」に関しては比較的、何も感じない傾向が強いです。
(だからと言って「じゃあ知人が死んでも平気なのか?」みたいな質問はしないでくださいね)

もしかしたら僕という人間には、多くの人に備わっている基本的な感情が欠落している可能性があるのでは?と思う次第です。

これ、本当に困るんですよね。
何故かと言うとコミュニケーション上の問題の原因になる事が稀にあるからです。

というのも「何かに対して多くの人が感じるであろう感情」って所与のものとして議論等の大前提になる事が多いと思うのですが、僕、稀にその前提を共有できていない場合があるんです。結果、当然の帰結として「議論の内容が全く理解できない」という事態に陥る時があるんですね。

ただ、そういう時は「今、何について話しているのか」等を質問すれば問題が解消する場合もあるので、問題の程度としては、そこまで重篤ではないのですが…本当に困るのはたまに「なんだか突然、相手が激怒し始めたけど、僕自身は相手が何に対して怒っているのかサッパリわからないケース」というのが発生したりする事があるという点ですね。無意識のうちに相手の地雷を踏みぬいているんでしょうね。なぜなら、地雷の原因となっている感情を僕が感じていない場合があるから…だと思っています。

いや、もう、ホントにねー。これ、勘弁してほしい。
この場合、こちらには悪意がまるで無いので、本当に相手が何に対して怒っていて、どうすればそれを解消できるのかがサッパリわからないという状態に陥るんですよ。そうなるとこちらとしては「自分が何を考えており、何を目的として、その発言をしたのか」を丁寧に相手に説明するしかなくなってしまうのですが、それでも問題が解消するかどうかは相手の理性次第ですし、僕自身は「問題の根本原因は何だったのか?」を理解しないままになってしまうので、今後も同題を起こしてしまう可能性を残したままになってしまうんですね。本当に困ったモノです。

とはいえ僕も今年で34歳のいい歳をした人間なので、実はこの点に関して今現在においては、そこまでナイーブには捉えていなくて「普通の感性を持つ人には、とても言えない意見が言えたりする可能性もあるんじゃないか?」みたいにポジティブに捉えている次第です。

相手を怒らせておきながら、この居直りはタチが悪いですね。ただ、まぁ、もう、これは僕個人としては僕の特性として理解しているので、それを無理に矯正しようと努力するよりも、それを活かす方向で物事を考えた方がメリットが大きいと判断しています。その結果、問題が発生したとしても、もう、それはねぇ、仕方のない事です。諦めましょう。古い歌ですけど、SMAPの名曲である「夜空ノムコウ」でも歌われているじゃないですか。「全てが思うほど うまくはいかないみたいだ 」と…。

【デブが歌う】夜空ノムコウ – SMAP うた:たすくこま
せっかくなのでYouTubeで見つけた歌ってみた動画を張り付けておきます

皆様も「人と比べて○○に問題があるんだよな」という点に関しては「でも、だからこそ○○が出来るかも」という風にポジティブに捉えてみてはいかがでしょうか? そうすれば余計なストレスを抱える事無く人生を生きていけるかもしれません。

ちなみにどうでもいいですが「最後に良い事風の文章を書く」のは、そうする事で「文章の終わり感」を出す事が出来るからです。小賢しいですね。

本日もふらとぴに訪問頂きありがとうございます。
少しでもお楽しみ頂ければ幸いです。

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